今回も本のお話を
「唐草という文様を知りたい。」ある時期に強く感じていました。
唐草というものは、曲線を蛇行させた茎を中心に、枝、葉、花が絡み合いながら反復・連続・変形・増殖をしながら、生命のリズムを表した文様です。
デザイナーとして使用する機会が多い割に、あまり掘り下げられずに使われているような気がします。
どのようなルーツのものなのか?国による違いは?という疑問が常にありました。
まさにそんな事を思っている時に、この本と出会いました。
古本屋さんに無造作に置かれていたのですが、このピンク色をベースに、玉虫色の唐草があしらわれた美しい装幀は、凄まじい主張で呼びかけていました。
内容は、当たり前ですが期待通りの唐草に関すあらゆる事が書かれています。
図版が豊富に使用され、大変分かりやすく読む事が出来ました。
唐草の誕生はとても古く、古代のエジプト時代に始まるという説があるようですが、正確にはわかっていないようです。
どちらにしろ数千年の歴史を持つ文様です。
生命を表す唐草のエネルギーは、誕生以降各地に広がり、土着の文化や植物、宗教を取り込みながら、今の時代まで変化し続けています。
人が文明を持ち始め、美を意識した際に生まれた根源的なエネルギーが、今なお変化し続け広がり続けています。
中には「これも唐草というのか」と思うような物もあり、唐草を一言で定義する事は難しそうです。
モチーフは植物、動物、人、器、等々あります。
王道は自然界の法則に則って作られる事が多そうですが、その中でもデフォルメしたもの、写実的なもの、自然界のルールをあまり気にしていないもの、と自由なものです。
自分が手にしたきっかけとしては「この唐草はどこの国のだろう?」とか、「こういう雰囲気にこの唐草は使えるのかな?」とか、職業的な疑問が中心でした。
しかし、この本を読んでそもそもそういう考え方がおかしいのではないか?と感じました。
勿論、その時代にその土地で作られた唐草を、その時代のデザインに当てはめる事は間違いではありません。
ただ、そういう頭でっかちな物として捉えるよりも、その土地、その時代に合った唐草を考える事がより重要であり、ただの定型の文様として捉えない方がより唐草らしい。という事です。
現在はインターネット、書籍等を使用し、あらゆる場所のあらゆる情報が手に入ります。
「アメリカのテキサス州メンフィス」の唐草を作りたい。と思えば、そこに生えている植物を調べ、文化を調べて作る事も出来ますし、「空に浮かんでいる月の静かの海」の唐草を作りたい。と思えば出来るかもしれません。※殆ど石になりそうですが。
しかし、知識だけで唐草を作ろうとすると、大切なエネルギーやその土地の空気。という部分にまでは到達出来ず、唐草の形をした唐草的な物しか出来そうにありません。
それなら寧ろ開き直って、アメリカのテキサス州メンフィスの蔓に、スペインのモンテ・ゾンコランにしか咲かない花が咲いている。というようなインターネット唐草的な唐草も、現代的という意味で“あり”なのではないかと思います。
現在の情報量や、文化のごた混ぜ度というのは、古代エジプト時代から脈々と広がって来た唐草の増殖度を、急加速させたのかもしれません。
きっとこれからも唐草という文様が広がり続ける事は明白です。※前述のインターネット唐草も含め。
文様としての美しさ。エネルギー。込められた意味。
「2000年代のインターネット唐草は、最も唐草が醜くなった時代だ」と、3000年代の人達に言われないように、素敵な唐草を作りたい。そう思いました。
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